« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »

2007年4月

新潟の夕飯(竹とみ)

Cimg1573割烹竹とみは、ご夫婦二人だけでやっている料理屋さん。マスター(店主のこと・・)は、以前「てんこもりテレビ」というTenyの企画ものにも出演していた料理人。陶芸が趣味で、いろんな陶芸作家ともお知り合いのようです。

お店はカウンターと奥の座敷がありますが、料理メニューはマスターのおまかせコースだけで、お品書きはありませCimg1565ん。フルコースで6000円くらい?簡単コースで4000円というところのようです。

わたしは、小食の上、お酒もあんまり飲めないので、夜のお店にとっては美味しくない客な上に、美味しいものが大好きという迷惑千万な客。それでもマスターは、わたしに合わせた料理を出してくださいます。「マスター、Cimg1572わたしは胃が人の三分の一の大きさしかないから量はいらない。タンパク質もたくさん。おいしく手を入れた野菜を食わしてちょーだい。」などという嫌なオーダーに、応えていただいたのが写真の料理。

  うるいのぬたあえ(黄緑の器)/蓮根とたらこの煎り煮(赤Cimg1577い器)/身欠きニシンとたけのこの煮付け(水色の器)/岩モズクとほたるいかの酢の物(瑠璃色の器)塩漬けわらび(白い器)と、わたし好みの料理を並べてくれました。

その後、「お刺身食べる?」と聞かれ、「たくさんは要らないから、いいよ」とCimg1591言うと、「少しだけ」と言って、サッと出してくれました。これがまた、初 鰹に、春鯛の湯引きに、イカさしに、ハマチと旬のものを取り合わせてくれて、おいしいんです。最後は、チラシ寿司にあさりの味噌汁に漬物でしめていただきました。グッドです。マスターご馳走さまでした♪

Cimg1583お腹ができたら、マスターと器談義に花が咲きます。食器棚の「旬食彩」 は長岡の陶芸家 今千春さんの字。わざわざ、箱に入っていた信楽の四方皿も取り出して見せてくれました。皿も見事だったのですが、箱書きも楽しかったので、こちらを写真にしてしまいました。今さんの器はまたのおたのしみ。

Cimg1578 Cimg1580 先週末は、お茶会三昧だったと言う話をしたところ、マスターは冷凍庫に保存していた和菓子を取り出して見せてくれました。知り合いの菓子職人にみんなでお菓子をオーダーして作ってもらって、お茶会をやるんだそうです(楽しそう!)これは、みんなクリスマス用。一番左が雪だるま。中Cimg1592ほど赤いのはサンタの帽子。オーダーメイドのお菓子とはなんて贅沢なお茶 会。しかも、料理はプロだもんね。

なんだか趣味があって、意気投合してしまったわたし。当分、通うことになるのでしょうか???

| | コメント (2) | トラックバック (0)

NHKドラマ「蔵」のロケ地

Cimg1478 新潟県と山形県の県境に近い岩船郡関川村は、かつて米沢街道と呼ばれた街道筋にある宿場町です。ここにある渡邉邸は、江戸時代の宿場町におけるかつての豪商農大庄屋として偉容を誇っています。

また、タイトルに付けたように、ここは2002年にNHKで放映された宮尾登Cimg1480 美子原作のドラマ「蔵」のロケ地に使われた場所です。

三千坪の敷地に五百坪の母屋がある他、六棟の土蔵が残っていますが、かつては十二の蔵があったことが見取り図からわかるそうです。

Cimg1503建物の内部は土間が広がり、古民家風の壮大な空間なのですが、奥座敷は格式のある作りとなっていて、その先に回遊式の日本庭園が広がっています。

渡邉家は、村上藩主松平大和守の家臣だったのですが、大和守が姫路Cimg1500 に国替えさせられた時に、家督を譲り、関川村に隠居したそうです。二代目で廻船業と酒造業を営み、三代は財政難に苦しんでいた米沢藩に融資をし、その功により米沢藩勘定奉行格の待遇を受け、四百五十石の知行が与えられたそうです。

Cimg1502 奥座敷から見える庭園のコントラストがとても美しいです。屋外と屋内の調和という視点から、改めて日本の庭園文化というものレベルの高さを感じました。単に庭が立派ということではなくて、日々、ここに住まいする人たちが、外の景色を愛でながら憩う場として、この和室が作られているんですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秋保の春の茶会

Cimg1532 この週末は、土曜日は自宅で、日曜日にはお世話になっているお茶の先生の山荘でと、連日のお茶会三昧でした。

ここは未だに山里の雰囲気を残す、山峡の温泉郷の奥にあります。仙台市内よりも1~2週間くらい春が遅く、今が花の盛りでした。

Cimg1547 当日はあいにくの雨となってしまいましたが、春雨の風情もまたよく似合ってしまう野趣溢れる庭園が見事です。初めて、こちらの茶室にお邪魔したのは、もう16年以上も昔のこと。一目で大ファンになってしまい、それ以来、流派が異なるにも係わらず、先生の広いお心に甘え、何度と無く遊びに来させていただいています。

Cimg1548 私だけでなく、この山荘に偶然立ち寄ったのがご縁で、大ファンになってしまった人たちが多く、羽山荘愛好会なるものを勝手に称したりしています。それも、これも、自由闊達な精神で、いつでも暖かく包んでくださる先生がいらっしゃればこそ。いつまでもお元気で居てもらいたいものです。

Cimg1555 今年の春の茶会は、先生の宮城県芸術協会の功労者表彰を記念してお弟子さん達が準備された祝いの席だとのこと。本当におめでとうございました。お茶の楽しみ方、人生の楽しみ方の自由さと奥深さを教えていただき、いつも感謝しております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

週末のTea Time

Cimg1506 今週末は仙台の自宅に戻って、いつも一緒に姉弟子の茶会をお手伝いしてくれているメンバーを誘って、濃茶の勉強会をやりました。丁度、炉から風炉への季節の替わり目だったので、思い切って釣り釜を掛けてみました。

2006419014 世間一般では4月が年度の替わり目ですし、衣替えは6月1日なのですが、お茶の世界では、5月と11月が季節の替わり目に当たります。

11月は炉開きと言い、夏の間閉じていた炉に火を入れ、その年に採れた新茶でお茶を点てる口切の茶が行われます。5月からは、その逆で、冬の間使っていた炉を塞ぎ、風炉の季節に替わるのです。このため4月くらいになると炉の片付けを始め、五徳を炉から外すので、釜を五徳に据える代わりに、天井から鎖で吊るして、間に合わせるという趣向が行われます。

Cimg1523 うちの流儀では、濃茶の回し飲みの際、他流とは異なり飲み口を変えます。そして、飲み口を花びら形に拭き取るので、五人で飲むと丁度桜の花が茶碗の中に描かれます。この季節の遊びとしては、ピッタリだったので、五人で試してみました。う~ん、写真の腕が悪いためか、あまり桜には見えませんかね?

Cimg1525 お菓子は、姉弟子が持参してくれた「蓬莱饅頭」。薯蕷まんじゅうなのですが、中の餡が開けてビックリ!写真のように皮まで含めると5色の取り合わせになっていて、まるで虹のようです。味も甘すぎず、ちょうど良い加減で美味しいです。わざわざ横浜から取り寄せてくれました。皆さんのおかげで春の一日を楽しく過ごすことができました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

会津八一記念館のお土産

Cimg1319 再び、会津八一記念館に行ってきました。今回は「秋艸道人 草花の世界」展というテーマで常設展示をやっていました。写真にはとれませんでしたが、題字の筆文字もかなり面白い字でした。館長さんの字なのかな?と思いながら見ていました。

Cimg1318 記念館の庭先には、地元を詠んだ八一の歌が石碑になっています。

「於りたてば なつなほ あさき しほ可ぜの すそふきかへす ふるさとのはま」

Cimg1309 記念館には、色紙やら書籍やら、八一に係わるグッズがおいてあります。新潟に来た記念に・・・・別に旅行じゃないんだけれど・・・・と、ついお土産を買ってしまったので、紹介しておきます。色紙は「江山清趣」。八一らしい、偏屈な字でしょ?1200円也。

Cimg1466 それから、八一の歌を写した湯呑み。「おほてらの まろきはしらのつきかけを つちをふみつつ ものこそおもへ 」という、有名な歌です。カタログで見て、どーしても欲しくなって買っちゃいました。1ケ約1000円也。

Cimg1467 最後は「会津八一没後50年記念切手」。なんだか八一のコレクターって感じになっちゃいましたね。(笑)

今度はこの切手で、新潟からお手紙を出したいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「青山二郎の目」展

Cimg1462 今日は新潟市美術館で開催中の「青山二郎の目」展に出かけてきました。青山二郎は、小林秀雄や白洲正子から「稀代の目利き」「天才的な審美眼の持ち主」と評価を受けた人物。チラシを見たら、中国古陶磁や李朝の陶磁に混ざって、ととや茶碗や堅手茶碗、桃山期の織部や志野、古唐津などの展示品があると判ったので、無理やり時間を作って出かけてCimg1461 きました。行ってみて正解。とってもレベルの高い展示品が200余点あり、青山二郎の審美眼を直接体験できます。どんなに力が入っているか、図録でもよく判ります。箱入りの図録の表装が凝っていて、ここまで作りこんだ図録はめったに無いと思います。思わず買っちゃいました!

Cimg1463 中味はこんな感じ。江戸期の黒織部と桃山期の絵唐津茶碗のページです。黒織部の銘が「夕だすき」で、絵唐津の方が「たんぽぽ」と銘が付いていました。う~ん、いいよなぁ。ついつい、わたしの悪い癖が・・・・。そーなんです。お宝鑑定団じゃないけれど、こういうの・・・好きなんです。でも、目利きじゃないんで、本物かどうかなんて全然わかんないんですよね。

Cimg1468  Cimg1469せっかくなので、少ししか無いわたしのコレクションをご紹介。

これは元禄期の古伊万里の湯のみ茶碗。掛けわけした紅白の下地に大根と人参の絵が描かれています。乳白色のやわらかい白と赤絵のバランスがとっても気に入っています。

Cimg1470 こちらは骨董ではないけれど、中里太郎衛門窯の斑唐津の山盃。下戸なのにぐい呑買ってどーすんだろーね~と思いつつ、買ってしまったものです。ほんとは古唐津が欲しいんですが・・わたしなんかの手が届くような代物ではないので、これで我慢かなって思います。でも口当たりも、手に持った感じも良くて、これはこれで気に入っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新発田藩下屋敷清水園

Cimg1436 越後の豪農の館巡りの最後に訪れたのが、新発田市の商店街の直ぐ裏手にある「清水園」。新発田藩溝口家10万石の下屋敷として元禄年間に完成した庭園で、かつては清水谷御殿と呼ばれていたそうです。

水の文字を描く大泉池を五つの茶室が取り囲むように点在している回遊Cimg1439 式庭園です。約4000坪の敷地内に山水が形作られて、江戸期の大名文化を今に伝えています。

東北地方で、私が訪れたことのあるこうした回遊式の大名庭園は、宮城県は岩出山町にある伊達家の学問所であった有備館と福島県は会津若Cimg1440 松市にある松平家(保科家)の薬草園であった御薬園の2ヶ所くらいでしょうか。どちらも私の好きな場所です。

日常生活の空間の中にこうした文化的な空間があるというのは、とても素敵なことですよね。、こうした場所の近くで暮らしている人々を、わたしはCimg1441常々うらやましく思います。

こうした空間は、お金には換えがたい、何か精神的な栄養を、私たちに与えてくれるような気がします。わたしが高校生活を送った街にも日本三名園のひとつである後楽園という庭園があり、授業をザボって昼寝に潜り込

Cimg1442

んでいた懐かしい思い出があります。今では、随分昔の記憶になってしまいましたが・・・(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

越後の豪農の館巡り(その参)

Cimg1380_1 伊藤邸に続いて訪れたのは、月岡にある市島家の大邸宅です。こちらは敷地8000余坪、建坪約600坪の風雅な平屋の純和風住宅建築ですが、伊藤家を豪邸とすれば、こちらは数奇屋と呼ぶに相応しい、瀟洒な美しさを持った邸宅です。本座敷と母屋の間は150m(八十三間)の渡り廊下でつながれており、壁は紅柄の入った聚楽壁で塗られています。窓もCimg1382少しづつリズミカルにずらして作られており、茶室の数奇屋建築をふんだんに取り入れている感じがします。

豪農=巨大地主には、江戸期から続いたいわゆる名家と明治期に入って巨大化した新興の地主があるのですが、先に紹介した伊藤家が後者Cimg1392の振興地主の代表なら、こちらの市島家は、前者の名家に当たります。両家の建物の個性が、こんなに異なるのもそのせいでしょうか。市島邸は、江戸文化の粋(いき)が建物の隅々まで行き渡っている感じがあります。渡り廊下は中庭に面しており、茶室「水月庵」が設えられています。にじり口は無くて、待合が建物に付属して付いています。向こう側は池に面Cimg1406して廊下と欄干が設けられています。

建物の裏には、静月園と名づけられた、回遊式庭園があり、その一画に即中斎千宗左宗匠の名になる松籟庵という三畳台目の茶室もあります。

Cimg1417 庭の片隅に「越国世家」(えっこくせいか)と刻まれた石碑があります。市島春城の書で、「越後の国で代々由緒ある家柄である」との意だそうです。市島家は、新発田藩の財政を支え、福島潟など低湿地の干拓や新田開発に取り組み、質地も買収し巨大化した地主で、田畑1830町歩で小作人が2600人いたといいますから、当時の一大企業組織に近いと思われます。最盛期には新潟から山形の国境まで自分の土地の中を通っていくことができたと聞きました。会津八一も、生家はこの市島家の分家筋にあたり、後に会津家を継いだようです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

越後の豪農の館巡り(その弐)

Cimg1329 伊藤家の玄関前にある立派な松の木。コンパクトカメラだと、なかなか迫力が伝わりません。構図の問題?それとも腕のせいかな??樹齢にするとどのくらいなんだろう。

新潟は柳都ですから、柳が街の象徴なんでしょうが、家々では松の木をとCimg1328ても大切にしているのがわかります。 昔の日本人は松を好んだのですが、新潟の街並みには、どこかに松が見え隠れしていて、そういう昔の日本の嗜好を残した街のような気がします。要人来客のときしか使われなかったという正面玄関も立派です。大名玄関というか、昔ですと駕篭や輿を正面に着けて、貴人が降り立ったのでしょうが、明治以降は身分に関Cimg1338係なく作ることが出来るようになったんですね。(実は、わたしの生家にも似たような玄関がありましたっけ)勿論、こうしたお屋敷ですから、美術品・骨董品もしっかり展示されていました。江戸期の織部の大皿や、九谷の鉢、大鉢、壷など、どれも当時、祝いの席などで使用していたものが、きちんと保存されていました。

Cimg1369また、新潟市内にある伊藤家の別邸に、昭和21年以降、八一が居住 していた縁からか、会津八一の作品も数多くあるようで、屋敷内の一画で「会津八一特別展」と題した収集品の展示もやっていました。会津八一記念館に行かなくても、十分に八一の作品を鑑賞することができてしまうくらいの作品が並んでいました。結構、これだけでも見ごたえありますね。

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

越後の豪農の館巡り(その壱)

Cimg1341 休日を利用して、新潟近郊をドライブして来ました。テーマは「越後の豪農の館巡り」。午前中に、旧横越町の沢海(そうみ)集落にある伊藤家の本邸であった「北方文化博物館」へ行き、お昼に阿賀野市水原の瓢湖(ひょうこ)の近くにある五十嵐邸ガーデンで食事をとり、午後からは、新発田市月岡にある市島邸を訪れた後、新発田藩下屋敷庭園だった清水園を Cimg1349_1 散策して、新潟市内へと戻ってきました。

伊藤家は、江戸中期、農より身を起こし、明治に入り農地の集積を計り巨万の富を築き、昭和期には越後随一の大地主となった一族だそうです。作徳米で3万俵余というので、1俵を当時の価格で1万6000円くらいとすCimg1346 ると、年収5億円くらいということになります。この伊藤家の本邸は敷地8800坪、建坪1200坪。部屋数65。今でも毎朝、建物中の雨戸を開けるのに1時間は掛かるそうです。ここの見所は、なんと言っても百畳敷きの大広間から眺める回遊式庭園。1枚目の写真の切り取った絵画のような庭の美しさがお分かりいただけますか?座敷を囲む廊下には、廊下の突Cimg1327 き当たりまで含めて、柱が1本も無い釣欄間工法となっており、贅を尽くして部屋から眺める景色を造っているのです。3枚目の写真の廊下の隅を良く見ていただくと、柱が無いのが分かりますか。また、庇を支える丸桁は30mの杉の一本物で継ぎ目無く廊下の端まで続いているのです。

Cimg1324 また、庭の一角には鎌倉末期から室町前期にかけての中世の石造物が集められており、竹筒に黄色い水仙を手向けているのが美しく目に留まりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

春うらら

Cimg1310 三月に入って、ズッと寒い日が続いていたのですが、4月に入ったとたんこの陽気。久しぶりに肩の力を抜いて、屋外に出た感じがします。二月頃には、すぐにもこんな陽気になりそうだったんですけどね。北斜面で陽が当たりにくいため、春の訪れの遅い我が家の庭にも、今日の天気でいきなり山野草が芽吹いてきたようです。少し見にくいですが、片栗の蕾でCimg1311 す。ピンク色の花が開きはじめたのは猩猩袴。蕾が付いているのも気づかなかったのですが、今日は一度に3つも花を付けていました。

ふきのとうは、とっくの昔に花を付けて、ぐいぐいと育っています。蕾のときにとって、天麩羅にしようと、毎春考えているのですが、ちょっと気づくのCimg1314が遅れると、花になっちゃうんですよね。この季節は、土がぽかぽかと暖かくなってきて、庭掃除をするのが、とても楽しいんです。

落葉や枯れ草を集めていると、落葉の下から、草花が芽吹いているのを見つけることがでCimg1316きます。まるで宝探しのようで、小さな草花の芽を見つけては喜んでいます。鶯神楽はすっかり花を付けて、もう咲き終わりに近くなっています。この花も地味~な花で、よくよく見ないと、花をつけているのかどうか、見落としてしまうんですよね。

Cimg1315我が家の庭では、本物の鶯が来るよりも、随分前から花を咲かせて、春の訪れを告げてくれます。ボクハン椿も、丁度見ごろになっていました。4月半ばにお客さまをお招きする予定があるので、その頃、丁度咲き頃になりそうな花がないか、今から当りをつけておこうと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »