« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

ガス復旧!

Img_0005 特に飛行機雲と関係ありませんが、本日、ガスが復旧。18日ぶりに自宅でお風呂に入れました。

「湯水の如く」という言い回しがありますが、お湯をたっぷりと使える生活というのは、なんと豊かなことか、実感です。昔の暮らしでは井戸水で行水はしても、温かいお風呂に毎日入るのは難しかったのでしょうね。お風呂のある生活って、なんて素晴らしい・・・としみじみ感じました。

あとはバスが平日運行に戻り、ガソリンが一般車に行き渡るようになれば、朝のバスの混雑も山の手線なみのラッシュから解放されることでしょう。

先週は、自宅から会社まで九キロの道程を、1時間半かけて徒歩通勤しましたが、流石に体のあちこちが痛みはじめました。あまり運動しすぎるのも、健康的とは言えないかも知れません。

| | コメント (4)

色々ありますが元気です

Img_0052 ほんとはグルメブログにしようと考えていたホッキ飯の写真。3月6日に亘理町の鳥の海のレストランで食べたものです。

長男が高校三年間、高校駅伝の県大会で走った亘理の駅伝コースも、津波で跡形も無くなっているようです。鳥の海のレストランも被災現場の写真で見ると、建物の外観だけ残っているものの、中はすっかり流されてしまっている様子でした。

みんなでホッキ飯を食べに行ったたった5日後に、あの穏やかな風景が全く失われてしまったとは、未だに信じられません。

カミさんの生まれ故郷の気仙沼も同じ。津波と火災で街の大半が失われ、親しい方が被災をしたり、行方不明のままだったりと、哀しみが深すぎて、おそらくまだ実感として受け止め切れていないのではないかと感じます。

わたしはと言えば、震災直前に突発性の難聴にかかり、ここ2週間のストレスのせいか、一向に改善せず。病院でも薬の在庫不足から、あまり処方してもらえず、そろそろ完治を諦めかけていますが、今日は少し違和感が小さくなったような気がして、ほっとしています。

そして、今年受験だった長男は、3月10日に合格発表があり、なんとか志望大学への入学が決まったものの、翌日の震災で、お祝い気分も吹っ飛んでしまいました。

それでも、事前に下宿先も決めていたし、11日の午前中には大学の入学金も振り込みを済ませることができていたので、なんとか無事、大学生活のスタートを切れそうです。これは本当に不幸中の幸いでした。

大変なのは、まだ受験活動中だった長男の友人達。二次試験への移動中に震災に巻き込まれたり、試験に行ったまま仙台に戻ることができなくなったりと、みんな大変な思いをしたようです。

被災地の方々の大変さや、親族をなくされた多くの方々の思いを考えれば、これらも全て幸せな悩みのうちだとは思うものの、それぞれが傷つき、震災の厳しい現実を受け止めることに思い悩んでいるのだろうと感じます。

それでも、ひとつひとつ、普通の生活を取り戻していけることが、よろこびにつながって行きます。前を向いて、元気に明日からまた仕事です。

| | コメント (2)

お風呂に入りたい

Img_0002 先週予定よりも早く水道が復旧し、断水生活から解放されました。食器もすべてラップをまいて、洗わなくてもすむように頑張っていましたが、それでも生活用水はどうしても必要。特に水洗トイレの水だけは、流さないわけにはいかず・・・。

朝、トイレに起きた長男が寝ぼけマナコで戻ってきて「トイレの水が流れる!」と報告があり、一瞬信じられませんでしたが、たしかにトイレから水音がしています。洗面所の蛇口を押すと、水圧は低いものの確かに水が流れてくれます。ああ、この時の解放感といったらありませんでした。

後はガスだけ。うちはガス給湯のため、お風呂はガスが出ないと入れません。キッチンは、ポータブルの電磁調理器があったので、結構便利になりましたが、これだけは薬缶の水は沸かせても、シャワーを浴びるほどのお湯はやはり無理。こーいうときは、電気温水器のお宅がほんとにうらやましいです。

| | コメント (3)

パンと燃料を求めて

Img_0007 11日の大地震以降の極端な食料不足も、少しずつ解消されてきています。この三連休は、住宅街周辺でも徐々にお店を再開するところが増えてきました。

みんな、カップヌードルとかおにぎりとか炭水化物ばかりとってきたせいか、そろそろ生鮮食料品とか嗜好品が恋しくなってきている様子。ケーキ屋さんが再開すると長蛇の列でしたが、パン屋さんもこんな状態。地震から10日が過ぎ、電気や水道などのインフラが復旧し、安心感が生まれてくると、今度は美味しいものが食べたくなるのでしょう。

被災地の避難所では、まだまだ生活物資が不足している所も多いので、決して浮ついた贅沢をしてはいけないと思いますが、悲しみや苦しみに耐えるだけでは気持ちは癒されません。少しずつ日常の喜びや笑顔が、こうした中から戻ってきているんだなぁと実感しています。

Img_0005 ただし、ガソリンだけはまだまだ欠乏感が大きいようです。今朝も日の出前からガソリンスタンド前には長~い行列が・・・・。写真のガソリンスタンドは入荷未定で、その先のGSに連なる列ですが、写真の左側にはさらに百台近い行列ができています。

住宅街にはやたらリュックを背負った自転車が目に付くようになりましたが、やはりどーしても車じゃないと生活できない人も沢山いるのでしょう。人力だけでは、行動範囲も運べる荷物の量も限界がありますからね~。郊外住宅の生活スタイルは、もはや車無しでは成立しません。わたしも赤ランプの付いたマイカーを早くなんとかしたいものです。

| | コメント (0)

断水生活

Img_0001 先週11日(金)の地震から一週間が過ぎました。ここは仙台市郊外の住宅地で、丘陵地帯にあるので津波の被害は全くなかったのですが、地震の影響で電気、水とガスの生活インフラが途絶してしまいました。電気は4日後には復旧したものの、水とガスの復旧には1か月はかかりそうな見込み。

仕方が無いので、先週の寒波で積もった雪を集めて、生活用水の足しにすることに。ありったけのバケツをかき集め、雪を詰め込んでおきました。

昨日までは最高気温が5度くらいで、雪も溶けてくれなかったのですが、今日は日中の気温が10度を超えたのでバケツの雪も溶け始めてくれて、ホッと一安心。

飲み水はペットボトルでその日の分は確保できるのですが、トイレに流す水は、思いのほか量が必要。これに洗濯やら入浴やら始めると、一日どのくらい大量の水を使っていたのか、今更ながら考えさせられます。

昔の人は、皆、人力で水を汲んでいたんですよね。水の重さ・・・給水所から20ℓタンクを運ぶだけで腰に来ます。車で運ぶことができればラクなのですが、今ではマイカーは燃料メーターに赤ランプがつき、GSでガソリンが入手できるまではガス欠が怖くて、動かすこともできません。

水も食料も大量に運ぶとなれば、ほんとに重労働だってことがよくわかります。

それでも昨日くらいから、食料や物資がトラック便で市内に到着し始めているようで、スーパーやコンビニもおにぎりや飲み物、生活用品を少しずつ販売するようになってきましたので、気持ちはやや楽になりました。

水も食料もでは、本当に兵糧攻めですからね~。

被災地の方々に比べれば、勿論、こんなの贅沢な悩みですが、それでも少しずつ疲れは溜まってくるもの。あー早くお風呂に入りたい!!

| | コメント (0)

錦市場

Img_0047 京都の台所と言えば錦市場。以前、長男が京都に遊びに行ったとき、錦市場で千枚漬を買って、「京都の漬物ってなんでこんなに美味しいの?」と感動してました。

千年の都は、山城の国にあり新鮮な魚介類が手に入りにくかったので、昔から加工食品の伝統があるってことですかね。漬物やら湯葉やら、そういうものが美味しいですから。

Img_0048 おみやげ物グッズも沢山ならんでいて、狭い通りはどこまでも押すな押すなの賑わいです。

寝不足と疲労で、ほとんどエネルギーも切れ掛かっていたので、写真をとっただけで終わってしまいました。今度行くときは、もう少しじっくりと取材してきます。

| | コメント (0)

路地裏

Img_0049 京都の街は、戦災にあっていないので、昔の区画が残っています。そして、その街その街に歴史があり、他の自治体のように簡単に地名を変更したりしません。いまや日本全国何処の町でも、○○町○丁目○番○号という街区が標準ですが、京都の住所は、全て通りの名前が住所になっています。

「柳馬場通 四条上る」つまり、柳馬場通り(南北)と四条通り(東西)の四つ角を北へあがった立寶中之町という住所になるのですね。京都の郵便配達の方は、この地名を全部知っていないと配達できないのだそうです。

そして、こうした狭い路地裏が、いまでも生活の中に息づいているのが、京都の街。ひと一人しか通り抜けできないサイズの小道は、ひとのためにある道。合理性だけを追求すると、車の入れない無駄な空間になりますが、ひとが生活の主役であるためには、一番贅沢な空間だと感じます。

京の暮らしの贅沢さは、高級料亭や神社仏閣の歴史遺産よりも、こうした路地裏空間がしっかりと残されているところにあるような気がします。

| | コメント (0)

京都の本屋さん

Img_0043 恵文社は上京区一乗寺にある一味違う本屋さん。古本と新刊書、雑貨、骨董まで芸術、建築に係わるジャンルのものを取り揃えた本屋さんです。

Img_0042  入り口もお店の外観も、ちょっとレストランやパン屋さんなんかの洋風の感じ。

内装もアンティークのデスクや書棚が置かれていたりして、なかなか遊び心があっていい感じなのですが、中は黙って撮影するわけにはいかないので、あきらめました。

最近は資金力のある大手の書店ばかりになり、味のある個人経営の書店が少なくなりました。大手は、流行している書籍や雑誌は大量に扱っていても、その書店の店主の好みや哲学が出るような本が並んでいることは少なく、無個性な感じがします。小さな街の本屋さんは、スペースが限られているので、飾る本の選択を迫られるせいか、やはり店主の好みや価値観、あるいはその街でニーズの高いもの等、個性を出さざるを得なくなるのだと思います。

旅をすると、たまにそういう知性や教養を感じさせる、小さな書店に出会うことがあります。でなければ、H系の雑誌が中心の雑誌屋に付属して本がついているようなお店だったりもしますが。

ともかくも、京都の片隅で、こういう本屋さんに出会えたことはうれしい限りでした。

| | コメント (0)

糺の森

Img_0041 糺の森と書いて「ただすのもり」と読みます。ここは下賀茂神社の境内に広がる原生林で、山城の国と呼ばれていた頃の京都の植生をそのまま残す森だそうで、世界遺産に指定されています。なんだか春日大社の森と良く似ていますね。

Img_0026 森の先には、下賀茂神社の赤い鳥居が見えてきます。

Img_0030桧皮葺の立派な屋根。

Img_0027 門の向こうには、舞殿が見えます。

鴨川の上流にある下賀茂神社は、繁華街のある四条河原町あたりからはなかなか遠くて、訪れる機会もなかったのですが、泊まった宿が近くだったので、朝の散策に訪ねてみました。

| | コメント (0)

光琳の梅

Img_0035 仙台は寒の戻りが厳しいですね~。今週始めはまた雪が降ったし、明日の朝は氷点下まで下がる模様。

週末の京都は18度まで気温があがり、周囲は皆春の装いだったんですけどね。そんな春の京都では、もう梅は満開。これは下賀茂神社にある紅梅ですが、「光琳の梅」といわれるそう。

Img_0037名前の由来はとても簡単。 尾形光琳の描いた代表作「紅白梅図屏風」は、この下賀茂周辺の景色を描いたものだからだそう。ホントでしょうかね?

| | コメント (0)

十数年ぶりの鴨川

Img_0006 週末、所用があり、単身京都へ行ってきました。久々に四条大橋をわたり、鴨川沿いの景色を眺めると、ああ、京都に来たなって感じます。

Img_0011_3 鴨川の川岸には夏になると納涼床がずらりと設けられますが、いまの季節は広々としてカップルの散策コース。右端に見える建物は、東華菜館という中華料理のレストランになっていますが、京都のクラシックモダンを代表する建物のひとつ。Img_0009 戦前、関西で活躍したアメリカ人建築家ウィリアム・メレル・モーリスの設計になるスパニッシュ・バロックといわれるデザインの建物だそう。

Img_0007 モーリスの建築物は近江八幡近辺に住宅建築として沢山残っているようですが、レストラン建築としては唯一この建物だけだそうです。ここの玄関ファサードのデコレーションは有名。山海の食材をモチーフにしていて、レストランで提供される美食の数々を想起させるようデザインされているようです。

阪急京都線終点の河原町駅から京阪の祇園四条駅に乗り換えるには、四条大橋を徒歩で渡らなければならないので、その移動時間に写真をとっちゃいました。京都の地下鉄と阪急電鉄、京阪電鉄は入り組んでいて、イマイチよくわかりませんね~。

| | コメント (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »