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2012年7月

大津坂本~叡山の門前町

Img_0623 彦根、近江八幡から膳所(ぜぜ)で、京阪鉄道石山坂本線に乗り換え、三井寺経由で坂本を訪ねました。

 坂本は、実はわたしの父の本籍地で、昔は祖母方の屋敷があったと親戚から聞いたことがあり、一度訪ねてみたいと思っていた町でした。穴太(あのう)積みの石垣の上に白壁が続く屋敷だったそうですが、その面影は今も坂本の町にそっくりそのまま残されています。

 戦国期には琵琶湖周辺には、信長の安土城、秀吉の長浜城、三成の佐和山城などのお城が次々に造られましたが、それらの城壁はここ坂本の近郊にある穴太(あのう)という集落の人達が、作ったと言われています。

 自然石を巧みに組み合わせ、崩れることのない石積みの技術は、当時の土木技術の高度さを示していますが、こうした巨石を扱う文化は、古墳時代から新羅や百済の渡来系民族がもたらしたものでしょう。安土桃山時代から江戸期にかけて創造された、日本の城の象徴ともいうべき城壁作りの技術は、この穴太衆によって広まっていったのでしょう。

Img_0599 延暦寺の里坊を代表する滋賀院門跡の石垣は中でも一際立派です。白壁には、写真では見えにくいですが、御所と同じく五本の線が入っていて、これが門跡寺院の格式を示すのだそう。京都の近くに来ると、武士よりも朝廷の威光の方が強いのでしょうね。

Img_0596 滋賀院の奥には、小堀遠州作の泉水庭園がありました。大津や坂本は京都駅からわずか15分程度。比叡山に遮られて、京都観光からは見落とされがちですが、京都文化圏に入る町のような気がします。また、京都の都市化の進み具合に比べ、昔の面影がしっかりと残され、ゆっくり歩くには丁度よい町でした。滋賀は、そんな町が多いような気がします。

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近江八幡

Img_0494 近江八幡市は、彦根から少し南に下った近江商人の町。古い町並みや水郷が残され、江戸時代の街道沿いの宿場町の面影が残っているかと思えば、大正から昭和初期の洋館建築のモダンが今も生きている不思議な町です。

Img_0479 池田町洋館街は、戦前の日本の洋館建築の代表的な建築家のひとりウィリアム・ヴォーリスが近江八幡で最初に手がけた洋館で、三軒ならびでヴォーリスの大正洋館建築が建っています。

Img_0531そして、八幡堀という琵琶湖との水運による商業経済を発展させた水郷の町。これだけ江戸から戦前までの古い景観がまとめて残る町は、本当に珍しいと思います。

ゆっりと街並みを鑑賞しながら歩くだけで半日は楽しめますが、その代わりに足は「棒」に。でも、きままな一人旅にはもってこいの小さな町です。

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